




















この記事を読んでほしい人
- 職場で存在価値を感じられない人
- 社内ニート状態に陥っている人
- 職場で孤立している人
「自分は職場にいらない人間だ」と思ったら
仕事を任せてもらえない
同僚、上司から話かけられない
大してやることがなく手持ち無沙汰だ
このようなことが続いていると、「自分は職場にいらない人間なんだ」と思うようになります。
そしてこのような思いが出てくると、劣等感から職場にいるだけで辛くなってきます。
「仕事で不遇を味わう人へ。乗り切るための考え方と過ごし方【方法】」で話していますが、僕も「自分は職場にいらない人間だ」と思っていました。
同じ様な境遇の人が他にいないかと、ネットで「職場 自分 いらない」なんかで検索して、同じ様な人の記事なんかを読んで自分を慰めたりします。
中には、こんなアドバイスも目にします。
- 自分から仕事をもらいにいく
- 他の人の手伝いをする
- 異動を申請する
- 上司や同僚に相談する
- 転職を検討する
しかし、
自分から仕事をもらいに行ったところで大した仕事は任されず、汚れ仕事や間に合わせの仕事を任されるのが関の山ですし、
「自分は職場にいらない人間だ」と思うほど人に、他の人の手伝いをするくらいのメンタルが備わっているわけでもなく、
そんな簡単に異動なんてできるわけもなく、また異動できるほどたくさんの部署があるほど大企業というわけでもなく、
「自分は職場に必要とされてますか?」なんて相談をするくらいなら死んだ方がマシだと思うでしょうし、
転職なんて、「自分は職場にいらない人間だ」と本格的に思う前から検討して動いているけど、簡単に決まらない
という現実が目の前に立ちはだかっているわけなので、それらのアドバイスが参考になることはありません。
ただし職場に人間関係は付きものです。
また、「自分は職場にいらない人間だ」と思うくらいの人というのは、それなりに使命感や責任感を持ってその職場で働いている人が多いと思うのです。
だからこそ、なんとかそこで挽回したい、挽回しなければと考えるのだと思います。
最初から、使命感や責任感がない人であれば、こんなふうに職場での自分の必要性について悶々と思い悩むことなんてないでしょう。
そういう意味では、「自分は職場にいらない人間だ」と思える人は使命感や責任感を抱いて仕事をしていたという証左であり、褒められてしかるべきなのかもしれません。
ただ、いずれにしても「自分は職場にいらない人間だ」と毎日毎日思いながらその職場にいるのは辛いものです。
でも、「職場から必要とされなくても」別に良いんです。
ただ残念ながら、職場で孤独を感じることはよろしくありません。
なぜなら、自分は必要だから職場にいるのですから。
給料をもらって生活するために職場にいるだけでいいじゃないですか。
事実、誰しも必要だから職場・会社にいることに変わりありません。
仕事となるとどうしても、誰かから必要とされていることが存在の前提と考えてしまいますが、別に誰からも必要とされなくとも存在していて良いのです。
必要とされなくても良いですが、切られるリスクは頭に入れておきましょう。
なぜなら、会社が雇ったのですから。
そして雇った会社は使用者であり、雇われた従業員は使用人でしかありません。
使用者には使用人を使う権利がある一方で、使用者には使用人を使わない権利もあります。
また、使用人は使用者を雇っているのであれば、使う使わないには関係なく、対価を払わなければなりません。
そしてその対価の意味とは、所有に対する対価なのです。
しかし、「自分は職場にいらない人間だ」と思ってしまうような人ほど、使用に対する対価だと思っています。
ですが先ほども言ったように、使用者には使用人を使う権利も使わない権利もある一方で、それ如何にかかわらず所有している限りは使用人に対価、いわば所有料・拘束料を払わなければならいわけです。
そのような観点で言えば、なんら問題はないのです。
あくまで使用者が使用しないという選択を行使しているだけなわけですから。
スポーツでは、控え選手がいて、万年控えという選手もいます。
そのような選手は滅多に試合=仕事をすることはありません。
(練習を仕事とみれば、仕事をしてはいますが。)
しかしチームに所有されている限りは、試合に出ようが出まいが、つまり使われようが使われまいが関係なく契約金=給与が支払われます。
その上、スポーツ選手の場合はそのような選手は契約最終年を以て解雇されるのが通常ですが、会社に雇われているサラリーマンはそんなことはないだけ大分マシです。
(もちろん契約社員の場合は別ですが。)
仕事がなくて時間があるなら、有意義に時間を使ってはいかがでしょうか?
また、職場から必要とされていないから無能だということも違います。
ものすごく優秀であっても必要とされなくなることはありますし、むしろ優秀すぎるがゆえに必要とされなくなるということも考えられます。
実際、僕が転職相談を受けた人の中には、実績もあって明らかに優秀であるにもかかわらず、職場からの必要性を感じないという理由で転職を希望する人が少なからずいます。
その理由としては、使用者、具体的にはその職場の長である人物(部長や課長、マネージャー、リーダーなど)が無能であったり好みであったりと、使用者の人材活用力に難があるからです。
スポーツにおいても、いくら選手が優秀でも監督に難があればチームは好成績を上げることはできません。
それと同じように、職場でも使用者の能力が欠けているがゆえに優秀な人をおざなりに扱ってしまうということは少なくありません。
加えて、使用者の好みを先行するがゆえに優秀な人が使われないということもあります。
また、優秀過ぎる人ほど組織から排除されるというケースもあります。
というのも、優秀過ぎるがあまりに目立ってしまい、上司や同僚から目の敵にされることがります。
部下や同僚が優秀だと、その上司や同僚は自分が追い抜かれたり先を越される恐怖に苛まれます。
すると、優秀な部下や同僚の足を引っ張るために「あなたはこの職場に必要とされていない」という雰囲気を作るようになるのです。
そのため、「自分は職場にいらない人間だ」という人ほど、もしかすると優秀なのかもしれません。
本当にシンドイのあれば転職を頑張りましょう。
-
-
状況に合わせたオススメの転職エージェントがこちら【パターン別】
続きを見る
職場から必要とされることが職場にいる条件ではない
職場から必要とされなくたっていいじゃないですか。
会社が雇っているからいるわけですし、上司に難があるから起用されないだけかもしれません。
はたまた、その優秀さに怯えているからこそ、あえて遠ざけているのかもしれません。
いずれにせよ、もし職場に必要とされなくとも、それが職場にいる条件にはなり得ないということです。
「職場で必要とされていない」と感じたとしても、こんな考え方はしてはいけません。
-
-
不幸を招く12の考え方を紹介。あなたはこんな考え方はしていない?
続きを見る